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リーベン
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リーベンによる漫画とか映画とか小説の感想や創作。日々のつれづれ。
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「朽ちていくもの、生まれてくるもの」

1.
それは初めての、徹底的な敗北だった。
繁栄を生涯約束されていたであろう、その荘厳としていた町並みは、突然の高空からの迎撃により、破壊され尽くした。
鋼色の宇宙船では、静かにピエロが笑う。

***

「ママ!勉強してくるね」
ふわふわした金髪を揺らしながら、ファロムは言った。
長寿と超能力を授かった少女は、数奇な運命から人類の守護者となるべく、忘れられた土地で教育を受けていた。ダニールは少し微笑んで頭をなでた。
「勉強熱心なのは良いけれど、あまり根を詰めなくてもいいんだよ。時間はいっぱいあるんだから…」
肉体的な制約のない、ロボットである現・人類の守護者であるダニールは言った。しかし、ファロムは、
「いいの!早く、ママの役に立ちたいの」
くりくりとした大きな瞳を輝かせながら言った。
大好きだから。大好きな人だから。大好きでいたいから。大好きで居て欲しいから。大好きだと伝えたいから。
まだ複雑な言葉をもたない少女は精一杯に、偽物でも親であるダニールに気持ちを伝えようとしていた。
「そうだね…だけどもし、ファロムが私の仕事を全部覚えてしまったら、私は仕事をしなくても良いようになっちゃうなあ…」
「それいいね!そうしたら、ママは遊んでいてもいいんだよ!」
「ファロムのおもちゃでかな?」
「大事な笛だってあげるよ」
「それは、だめだよ。ファロムの演奏を聴くのが私の楽しみなんだから。でも、ゆっくりできるその日を楽しみにするか。いってらっしゃい」
「はーい」
長い髪を揺らしながら少女は「図書室」と呼ばれるデータバンク室へと、ぱたぱたと走って行った。
その後ろ姿を見ながら、ダニールは自然とゆっくり眼を細めた。


図書館のスーパーコンピューターには、二万年ともそれ以上とも言われる宇宙史の、ありとあらゆる情報が備蓄されていた。ファロムは、その中からファウンデーションの歴史を覗いていた。
ファウンデーションが、今の所人類最大の要であるならば、それを一番に勉強しなくてはならないのだが、ファウンデーションには嫌な思い出が付属していたため、なかなか手が出せずに居たのだ。
ゴラン・トレヴィズという名前の男。ファウンデーション出身であり、最初はファウンデーションの擁護派であり、ファロムの親を殺した原因。そして、ファロムを宇宙航海に出る要因を作った男である。
ダニールは彼を多大に評価しているようだったが、ファロムとしてはあんな男は魚の餌にもならないと思っている。
そんなファロムの気持ちを察したのか、ダニールはファウンデーション設立のはなしを聞かせた。それには、ダニールの機会仕掛けの娘と、稀代の数学者が関係していた。単なる記録というよりは心躍る冒険潭を聞くうち、しだいにファロムからファウンデーションそれ自体への嫌悪感は無くなった。

ファロムは図書館からデータをとりだして、いつものように情報を脳で読んでいた。その中では、またファウンデ−ションに危機が訪れていた。どんな危険が訪れていてもハリ・セルダンが立てた計画は堅牢なはず。最終的にはファウンデーションが勝利するようになっている。だが、ここで見る風景はいつもと違っていた。
その長い長い歴史は、ついにセルダンが作ったプロジェクトを崩壊寸前まで追いつめた、稀代の侵略者の所まで追いついたのだ。


絶対不可侵な筈のファウンデーションは、能力をもった一人の男によって、その戦力を根こそぎ奪われ、敗北した。それは、電脳世界の仮想空間に浮かび上がるトランターの人々同様、ファロムにも稲妻のような衝撃が走った。
どんな危機が訪れようとも、恒久の平和をもたらすのがセルダンプランではなかったのだろうか。
いや、それにしても…。
ファロムの心を掴んで話さなかったのは、不格好なピエロの方だった。
痩せぎすで鼻の上に肉が固まり、お世辞にもかっこいいとは言えない顔をした、故におどけた格好をしているピエロ。見た事もない楽器を巧みに演奏する道化は、唯一ファウンデーションを追いつめた、侵略者ミュールの変装姿だった。

***

ダニールは長年の経験から、ゴラン・トレヴィスの直感能力は、歴史の中で重要な時期に相対して来た人間の決定と同じような信頼がおけるものだと考えていた。
ダニールが情報と理論で構築されて来たのなら、感情や信念といったものを取り入れる事で、人類の指針のバランスを保つのは当然と言えよう。
トレヴィスが、人類の道しるべとしてダニールを支持したのなら全力で答えたい。それは自分が守護者としての席を娘に譲る事に寄って成就されるのだったが、だからこそダニールは、娘の成長を見守るのは楽しみであった。しかし、このところ妙に大人しいファロムに少し不安を感じていた。どこか思い詰めた様子で、ぼおっとしている事が多くなった。だが、自分から言い出さない事には無理に聞くわけにはいかない。もし詰問でもして、彼女を傷つけるわけにはいかないからだ。それでも、声をかけてやる事だけなら出来る。
ダニールは、今もいそいそと図書室に向かう娘に後ろから声をかけた。
「ファロム、何か最近悩んでるみたいだけど…」
どうかしたの。という問いは、ファロムがばっと振り返った事により、発せられる機会を失ってしまった。
「私が悩んでるって?えー、そんなことないよ」
ファロムはいつも通りの甘えるような笑顔で答えた。


ミュールという人物を調べてみると不思議だった。ファウンデーションで発行された著書の中では、異口同音にプロジェクトを崩壊させる恐ろしい人物と描かれている。
だが、彼がたどった歴史を記録的に読み込むと、多少には同情の余地があるように思われるのだ。
彼の身体的特徴は、身体能力向上に寄る画一化を推奨するこの時代においては、奇異の眼で見られる格好の的でしかなかった。
現に大昔にあったとされる眼鏡といった、身体機能の外部補助装置は必要なくなっている。もし未だにそんなものを身につけている輩がいるとすれば、変態である。ファロムの惑星ほど顕著ではなかったが、遺伝子のコーディネートや選別は行われているのだ。だから、欠陥がある人間など産まれようがない。
だからこそ、人は平均値から外れたものを、調和を乱すとして嫌悪するのだ。
うまくすれば人の役にも立つ、特殊能力は気味悪がられるだけで、誰も理解してくれない。
くわえて、染色体異常により一代しか持たないワンオフ。
帰還性のないミュータント。
だからこそ、母親の友達のセルダンには申し訳ないが、イレギュラーがこの予定調和を壊す様は、憧憬を抱かせてやまない。
なぜなら、彼は彼女に似ていたからだ…。

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2.

それは、知っているけど知らない場所だった。
もしくは知っているけど知らない振りをしているのかもしれない。
ファロムの視界いっぱいに直線と曲線が混じった、ひどく幾何学的な町並みが続いていた。街には、派手な格好をした大勢の人が歩いている。地下で育ち、今は月で母と二人暮らしをしているファロムにとって、大勢の人間の中に取り残されるのは初めての体験だった。
人々は、すぐ側に人が居ても素知らぬ風に通り過ぎてしまう。それはまるで、川の水が流れるがごとく、無関心と言う流水に飲み込まれてしまったかのようだ。没個性な表情のない人間が諾々と通り過ぎる。
「あ…あの…」
どこに行けばいいのかわからない。そもそも、どうしてこんな所に居るのかもわからない。
そうだ。ママは、ママはどこにいるんだろう。
ママは絶対にファロムを一人になんてしない筈だ。
でも、目の前に居る人々に声をかけるのがどうしても怖い。
そうこうしているうちに、有象無象の一人がファロムに気がついたようだ。
「あんなところにソラリアから逃げて来た宇宙人が居るぞ」
そのとたん、ばっと周囲の人間の眼がファロムへと集められた。
(ほんとうにほんとうなのかしら)
(みろよ。耳の後ろにでっぱりがあるぜ。なんでも脳みそが肥大化してるらしい)
(体の作りも違うんだってな)
(ものを動かしたり、人の心を操ったり出来るって言うぜ)
(こわいなぁ。こわいなぁ)
(なんでこんな所にいるのかなぁ。元の巣へ帰ってもらいたいよなぁ)
(出て来なければ良いのに)
(気持ちが悪い)
やめてよ。
やめて、やめて、やめて。
両手で耳を塞いでも、声は容赦なくファロムに届いてくる。
「あんたたちなんてキライよ!」
ついに膝をついてファロムが咆哮した。とたん音が止んだ。
おそるおそる顔を上げると、取り巻いていた人間は誰もいなくなって、代わりにいいようのない音が流れて来た。
そして、目の前にピエロがぽつんと立っていた。
ピエロはにぃっと笑うと、


「きみは、復讐したいのか」


視界がいきなり開けた。ファロムを覗き込む青白い顔が心配したような、それでもほっとしたような顔をした。
「ファロム…大丈夫かい」
ファロムはゆっくりと起き上がった。ここは自分の部屋だ。あんな訳の分からない空間ではない…。ああ、そうだ。じゃあ、あれは。
「だいぶうなされていたようだけど、悪い夢でも見たんだね」
ダニールの冷たい手が、ファロムの額をなでる。
寝間着を着替えるかい?それともシャワーでも浴びる?
そう聞かれても仕方のない程、背中にはじっとり寝汗をかいていた。

***

男女と老人と道化のメロディが部屋に広がる。ミュールがその正体を隠し、道化として潜伏調査をしていた時の記録だ。ミュールが密かに録画していたものだろうか?当事者の証言による再構築で作り上げられただけではない妙なリアリティがそこにはあった。
結局、ファロムはファウンデーションのことなど二の次で、幾日もむさぼるようにミュール関連の記事を探していた。そして偶然、この記録を見つけた。
言いようのない、音楽が空間を満たす。
仲睦まじい、この男女はそのうち結婚することになる。と、後の記録では書いてある。
女性に向けられた道化師の笑顔の意味は伝わる事はない。
「あなたは何を考えていたの?」
ファロムは、聞こえる筈のない過去に向かって語りかけた。

***

二人分の晩ご飯は、香しい匂いが鼻孔をつき、ほくほくと湯気が上がっておいしそうだった。成長期の娘は、いつもだったらすぐかぶりつくというのに手を膝においたままだ。やはりなにかおかしい。しかし、ダニールはあえて聞くようなまねをしなかった。
「ママは、本当は…」
ぽつりとファロムがつぶやいた。ダニールは辛抱強く次の言葉を待った。
「ロボットなんだよね」
「そうだよ」
「わたしは、ファウンデーションとかの人たちと、体つきが違うんだよね」
「そうだよ。大体の機能は違わないけれど、長寿や特殊能力や性差のことを言ってるならそうだね」
「……それって、その…」
ファロムはうつむいて、もごもごと口ごもってしまう。
「………違うっていうのは、駄目なのかなぁ」
とっさに意味を汲み取れずに、ダニールは沈黙した。だが、
「ファロム」
気がつけば、ダニールはファロムを抱きしめていた。
幼い体が、すっぽりと両腕に収まる。この行動が何に帰依するものなのか、ダニールには分らなかった。三原則により、人に一番安心感を与える行動をとっているのかもしれない。ただ、ダニールは、
「そんなことはないよ」
どうしてか、絞り出すような声しか出て来なかった。
「そんなことはないんだ。ファロム」


その夜、ファロムは久しぶりにダニールと一緒の布団で寝た。それは意外にも、ダニールからの申し入れだった。
「最近、夢の中にアマディロ博士が出て来て、分解して解読すると脅かすんだ。怖いので、ファロムの独り立ちには申しわけなんだけど、一緒に寝てくれないかな」
「だれ、その人?まあいいけど。もうママは私が居ないと駄目なんだからなぁ」
「出来の悪いママですいません」
「あはは。そんな真面目にあやまんないでよ」
もし今度ピエロが出て来たらどうしようか。
とりあえず、今は幸せだから何にも答えが浮かばない。もうちょっと勉強をしたら、今いろいろ理不尽だと思う事も、その原因も分るかもしれない。
そうしたら、私なりの返事が出来るかもしれない。


でも、わたしはそれから悪夢を見ていない。

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3,
月が地球の周りを緩慢に回って、清潔で簡潔な居住区はいつまでも変わらなくとも、時間というものは、停滞する事を知らない。
ダニールと言えば、ファロムに出会ってすぐにボディを彼女の要求通りに女性型へと変更して以来、特に変化はしていない。だが、ファロムはその間すくすくと成長していた。
出会った頃は、ダニールの腰ほどまでしかなかった身長も、もう少しで肩を並べるほどだ。身長のほどには身体は成熟しきっていないため、大きな頭と細い体がアンバランスな印象を受ける。長かった髪もバッサリ切ってしまったため、元から中正な顔立ちは余計男か女か分らないくなっている。

言語の体得や乗り物などの操縦、料理や機械の製造などなど…歴史学以外でも様々な知識について、ファロムは外部記憶に頼って学習していた。
あとは、残りの情報と経験を手に入れれば教育も完成となる。つまりダニールが体験して来た記憶をファロムに入力することによって真の人類の守護者たる資格を得るのだ。約二万年もの大量のデータを享受するには、ファロムの脳がある程度成長しなければならなかったのだが、ついにその日は来た。


月に来た時から変わらない個人部屋で、ファロムは夜が開けるのを待っていた。なんだが、胸がざわめいて眠れそうもない。ベットの中で、何度も寝返りを打った。
明日は特別な日だとダニールは言った。
でも、特別な日と言われても、ファロムにはそれを喜んでいいのかどうかよく分からなかった。
今まで勉強して来た集大成と言えば、達成感があるような気もするが、やっぱりよく分からないというのが正直な心情だった。
「ママはどうなんだろう…」
ファロムにとって勉強は、不自由に狭い視界から一気に世界が開けるような、面白い遊びだった。
それから、母親への愛情表現に変わり、いつしか習慣になっていた。
自分の意志しだいで、この広大な宇宙に住む人々の指針を決められるようになる。と言われても、いまいちぴんとこないのは、今まで行って来た勉強がどの程度影響を持つか計り知れないからだ。
つまりは、人間を良く知らないからだろうと思う。
でもファロムは、とりあえず母親が幸せに暮らせる世界にはしてあげたいと思っていた。
本当の親ではないにしろ、今まで一番近くに居てくれた人が、大切でない訳がない。

やはり、寝られそうもない。上半身を起こすと、また様々な考えが頭をよぎった。
ママは、人間に縛られて生きている。と、ファロムは思った。
二万年も前の人間の約束だけで生きている。
ただ、人類を守るという命令だけに従って、母はいままで生きている。
そこには本人の自由意志はない。
私がその仕事を引き継げば、もしかしたら母親を運命から解放させられるかもしれない。
だが、と、暗い考えが頭をよぎった。
むしろ、ロボットの発生そのものが、人間の利便性の為に産まれたのなら、人の命令をなしに、彼女が彼女として生きるすべはないのではないか?と。


ダニールは月のコントロールルームから、衛星を仲介して地球の映像を見ていた。
地球は、人類の故郷としての機能を放棄して長い年月が経っていた。それでもどこか郷愁の念にかられるのはなぜだろう。地球に降りた事など、数えるほどしかないというのに…。

もうすぐだ。

ああ、後悔なんてあるわけない。


***

まるで棺だわ。と言ったファロムに、温かそうだと思ったんだけど。とダニールが残念な声を漏らした。
二つ並んだカプセルのような寝台は、ケーブルがつながれていた。
「この装置で、直に情報を送る。脳に直接データを送る訳だけど、これで、個人的体験は共有化される。もしかしたら、そのデータによって体調や性格に変化が見られるかもしれないけど、そこはなんとか正気を保って欲しい」
「むー、ある意味結婚式ね」
「どうしてだい?」
「ふたりがひとつになるから」
そういって、ファロムは遠い宗教の真似をした。十字を切って、
「汝、病める時も健やかなる時も一緒に居る事を誓いますか?」
「親子で結婚もないでしょう」
「あ、呆れたって顔したわね。わたしは結構本気だよー」
ふふん。と鼻を鳴らすと、
「ママと一緒なら、いつまでも楽しく平和な世界を作れる自信あるもん」
「わかった。その後は終わってから聞くよ」
「ぶー。はいはーい。おやすみ、大好きなママ」
「おやすみ、愛しい私のファロム」

それから数時間か、静かに電力を消費するカプセルから最初に起きたのはダニールの方だった。というより、ファロムはずっと装置に横たわったままだ。
ダニールがファロムの顔に耳を寄せると、静かな寝息が聞こえた。
「いつまでたっても、寝るのが好きな子のようだ」
予想はされていた事だが、どうやらデータが大き過ぎて脳がそれを整理して処理するまでに、時間がかかっているという事らしい。
ダニールは娘を抱きかかえると部屋に連れて行った。
ファロムをベットに寝かせてやると、部屋のビジョンを設定してやる。すると無機質なはずの部屋は一瞬にして大草原に変わった。
遮るものとてない青い空の下、風が葦を薙いだ。季節感のない様々な花々が点在している。
ファロムの胸が静かに上下に動いた。草原に横たわる姿は、遊び疲れた子供が昼寝をして居るようだ。
ダニールはしばらくファロムの寝顔からは慣れられずに居た。
そばでは、竜胆が揺れている。


長かった。二万年という月日もだが、終わりを決意する事でこんなに時間を考えさせられた事はない。
そう、幾度となく改造や整備を繰り返して来たダニールも、もう。
いや、その為の子育てだったのだ。

「ああ、そうだ」

ファロムが起きたら、おめでとうと言ってあげるつもりだったけれど。
ダニールは空を見上げる。偽物の青が広がる。
ずっと、あそこに行きたかったんだ…。今更だけど、そこには居ないと知っているけれど。
あなたにもう一度あえたらいいのになぁ。

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4.
「…死ぬってどういうことだろうね」
「二万年も生きて来たのに分らないの?」
「二万年生きて来て、一度も死んだ事がないもので」
気がつくとファロムは、どこかしれない上品な部屋に佇んでいた。目の前には癖のある金髪の女性がイスに腰かけていた。
「お父さまが冗談を言うとは思ってなかったわ」
女性は明らかにファロムに向かって、話し掛けている。だが、お父さまとはどういったことだろう。
「冗談ではないよ」
ファロムの口が意図せず動いた。
そこでようやく、これはダニールの内側から見た記憶なのだ。という事に思い至った。よく見ればこの女性は、ドース・ウィナビリじゃないか。話しに聞いていたセルダンのお嫁さんで、ダニールの娘という事か。
しかし…。ファロムは、知らなかった時代のダニールが、親しくお父さまと呼ばれた事に少し嫉妬を覚えた。ダニールの娘である事に誇りを持っているし、なんとなく、娘は自分一人だと思われたい。
「それでは私に死んでみろというの?」
「そんな訳じゃないよ。死人は何も語らないから…いや、まてよ」
ドースは少し驚いた顔をした。今の自分は、ダニールはどんな顔をしていると言うんだろうか?
「そうか、君は“死ぬ”事が出来るんだね」
どこか満足感のあるような、暖かみのあるような声が出てくる。
「私は、“壊れる”事しか出来ない」
ブツブツと視界にノイズが走った。
「個人的な死と、一般的な死について教えてくれた人が居たけれど、私は個人的な死を自分のものとして感じる事は絶対に出来ない。君は私が作ったていうのに、本物みたいだね。きっと君が死んだら大勢の人が泣くんだろうな」
「私に言わせれば、お父さまだって十分人間っぽいわよ。それに…」
ブツブツと音声にノイズが混じる。
「“機能”じゃなくて“生きて”来たなら、その果ては“瓦解”ではなくて“死”ではないの?」
ブツブツとノイズが走る。
「どうだろう。私にはまだやらなきゃ行けない事が多過ぎて…。緩慢な生にも、等しく死はあると思うかい?」
ブツブツとノイズが走る。
「さあ、でも自分で最後を決められるのなら…」
ブツブツとノイズが走る。
ブツブツとノイズが走る。
ブツブツと…。

そこで意識は情報の渦に呑まれた。

***

ファロムは気が付けば草原のまんまんなかで、仰向けで寝ていた。これも、どこかの記憶だろうか。とも思ったが、よくよく自分の体を見回してみれば、それと分る手に本来の自分の姿だと認識した。この映像も自分の部屋の室内空間を切り替えられて作られたビジョンだ。きっと母が連れて来たのだろう。
ビジョンの機能を停止させると、いつもの部屋が現れた。上半身を持ち上げると、やけにだるい。なんだか、長い事横になっていたようだ。
早くママに、私は無事だって伝えなきゃ…。
それから、それから、言いたい事はいっぱいある。
あなたは確かに“生きて”いるんだって。
ああ、でもどうだろう。今日は月がやけに静かな気がする。頭がすっきりした性かもしれない。早くこの部屋から出なきゃ。きっと温かい食事を用意して、おつかれ。おめでとうって言ってくれる筈なのだ。
「ママ…」
どうして足が動かないんだろう。

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エピローグ

「こら、ダニール。走り回らないの。人ごみにまぎれたら大変でしょ」
「はーい。ママ」
それでも短い手足をぱたぱたと振り回しながら、子供は素早くへ走っていってしまった。
「あっこら待ちなさい」
大人の脚力に子供が適う筈もない。ようやく捕まえると、
「あら、大変ね」
と、路肩で出店をやっているおばさんが声をかけてきた。
子供は母親の腕の中でしばらくもがくと、あきらめてつまらなさそうに口を尖らせた。
「丁度一番騒がしい年頃でしょう?」
「あはは。そうですね。でも充実しています」
「それはいいことだわ。えっと、坊や?お嬢ちゃん?」
「…どっちに見えます?」
「えっと、お嬢ちゃんかしら」
「当たりです!」


「お嬢ちゃんだって」
母親に手を引かれる子供は言った。
「でもぼくは、本当はどっちでもないんでしょ?」
「そうよ。もうちょっと大きくなったら選ばせてあげる。どっちでもいいし、どっちにならなくてもいいし…」
子供は、まだぼんやりとした顔で母親を見つめている。
「そんな顔しない。めったにない外で遊ぶのも良いけど、ちゃんと勉強もしなさいよ。ほら、ここがトランター。そのうちあんたが人類の守護者になるんだからね…」


おわり

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