給仕に教えてもらった部屋に入る。小さいが、豪勢な部屋だ。とドースは思った。このように、華美に飾り立てる事に、何の意味があるのだろうか。いや、歴史家であるドースが、それを知らない訳では無かったが、どうしても好きにはなれなかった。だが、そんな彼女の思考はすぐに中断した。ごたごたした野暮ったい部屋にモノクロームの不調和音。そこに立っている男を見て、彼女の顔がぱっとほころぶ。
「ダニール!」
ドースは駆け寄って、彼の手を取った。いつも落ち着きがある彼女にふさわしくない行動だ。それこそ、ハリが見たら顔をしかめただろう。
「良かったわ。会ってくれないのかと思った」
「落ち着いて話すなら、部屋を取った方がいいと思ってね」
ダニールと呼ばれた男は、ドースに座るよう促した。
男はブロンズ色に輝く黒髪をなで付け、蛍光灯のもとで、白い肌はますます青白くみえた。申し訳程度に彩色された、青い瞳は逆に冷たい印象を与える。軽くイスに腰掛けたその姿は、本来宰相エトー・デマーゼルと呼ばれている人間だ。もっともマシなものを選んでも、銀河帝国の影の支配者。真の黒幕等など。彼に付随する悪評や陰口を数えれば際限がない。しかし、
「最近はどうだ?元気かい」
と、彼女に語りかける姿は、その肩書きのどれとも似つかわしくなかった。
「ええ。大丈夫よ。異常があればすぐ知らせるもの。私に何かあった時に応対出来るのは、医者ではなくて貴方だけだしね」
そう、デマーゼルはこのドースというロボットの制作者であり、同時に2万年前はR・ダニール・オリヴォーと呼ばれていたロボットである。
やはり、ロボットがロボットを作るというのは、奇異なものに聞こえるだろうか。
ダニールは2万年前、地球人類が一つの惑星にへばりついていた時代に、ある人物との接触を持つ事になる。彼はダニールに宇宙進出を図る地球人の未来を見守るという使命を、まかせてこの世から去ってしまった。
しかし、いかに人間より万能のロボットであっても、この約束事を一人で遂行するのには困難を極めた。そこで思い出されたのが、かつての移民プロジェクトである。
新しい惑星を人間だけで開拓するのは難しい。ならば、人類の先達として、人にそっくり似せたロボットを派遣しよう。そう、ダニールの制作者である、ハン・ファストルフ博士は考えていた。事実彼は、人間と区別がつかないほど成功なダニールというロボットを成功させている。
その為には周囲の肯定的な認識と資金援助が必要だったが、政府の好感を得られず、プロジェクトは凍結してしまった。やがて、博士も歳でこの世を去り、その計画を引き継ぐものは誰としていなかった。
しかし、ダニールはその事を覚えていた。プロジェクトには、人間と同じあらゆるタイプのロボットが必要であり、そのひとつの設計図に基づいて制作されたのが、このドースだった。
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