「でも、あまり大丈夫じゃないかも。ねえ、ダニール。私、分からない事があるの」
と、ドースは言った。
「ハリのことよ」
それから彼女は、分厚い思考の霧の中から、手探りで言葉を見つけ、とろとろと話した。
「彼に告白されたの。一緒に住もうって。もちろん賛成したわ。そうすれば、彼をずっと近くで警護できるから。でも、何かが違うのよ。彼といると、体が軽くなったような気がして、命令されている以上に彼の事が気がかりで。いいえ。使命に支障が出る訳ではないんだけれど…」
最新型のドースは、アーキタイプのダニールよりも人間に近い。自覚出来ない感情を持て余しているのだろう。感情表現は、やはりドースの方が上手であり、それをダニールが察知出来るのは、ひとえに経験と思考を読む事が出来る特殊な能力のおかげだ。
そう思うとダニールは、その顔はまったく男性的であるにもかかわらず、女性的な柔らかい表情で…。
「君は複雑なんだよ。ドース」
と、そう言った。
「ロボットは人よりもろくて、人はロボットよりもろくて」
殺された弟。
壊された友人。
「どんなに頑張っても、どんなに努力しても別れは来る」
死んで行った、パートナー。
制作者。その後継人。
ダニールの青い眼は、かつての記憶を見つめて、その陽電子頭脳は、遠い昔の出会いに思いを馳せて、
「しかし、君が感じているその想いは大切なものだから」
ダニールはしっかりとした口調で、
「ドース、君は幸せになりなさい」
人工的な夕方がきた。帰りすがら、ぶらぶらと一人で市街を歩きながら、幸せとはなんだろう。と、ドースは思った。
人とロボットの関係を、彼はよく知っている。だから、彼女と彼はそのままでいいということだろうか。
そして、ドースはある言葉を思い付いて、しかし、それは合っていないような気がして、でも…
「お父さん」
口にすると、どこかくすぐったいような気がした。
「お父さん。あなたは…」
2008/06/03
[1回]
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