『彼女の時間』
ドース・ヴェナビリは、一風変わった特徴を持っていた。
短い金髪をカールさせ、すらりとしたシルエット。きびきびとしていて、惑星トランターの、学園都市ストリーリング大学で歴史学者を務めている。そこまでは何の変哲も無いが、注意して彼女と長い付き合いをしていくと、並外れた身体能力や決して親の事を話さない事。また、いっこうに歳を取らないといった事に気づくだろう。
だが、それらはなんて事は無い。本当は、彼女は人間ではなかったのだから。
しゃれた銀色のスプーンを軽く回すと、コーヒーとミルクがぐるぐると混ざり合う。ドースは口を付けようとして、しかし自動扉の開く音にぱっと顔を向けていた。
入り口からは、上品そうな服をきた熟年の婦人が、ボーイと入って来た所だった。
婦人がこちらに気づいた様子は無いが、ドースは罰が悪そうな顔をして、片手で持ち上げたままになっていたコーヒーを、一気に飲み干した。
ドースは、数日前の事をつらつらと思い出していた。
ホテルの喫茶室で、人と会う。とドースが言い出した時の、ハリの表情と言ったら、それは惨めなものだった。
だからドースは、時間をかけて彼にひたすら説得しなければならなかった。ハリのそばを離れる事がどんなに心苦しいか。もし自分がいない時に、ハリの身に危険があったらと思うと心が痛む。それでも、彼と公に会う事は許されないのだから、皇居近くのホテルが待ち合わせ場所として、一番都合がいいのだ。
と、そこまで言って、ハリが驚いて声を上げた。
「おい、ドース一体誰に会うつもりだ?」
「だれって…デマーゼル…いえ、ダニールよ」
それから、彼はまたむっつりと押し黙ってしまった。彼を傷つけようとする何者からも、守るようにとダニールに言いつかっているのに…。ドースは暗い気持ちで、自分の使命について考えていた。
しかし、それこそがこの若い数学者が嫉妬している理由だと、彼女は気がつかないだろう。
ハリは、彼女が付かず離れず自分と一緒にいるのは、使命ではなく彼女の好意だと信じているからだ。それでも、ハリには実はドースがダニールと恋人関係にあって、彼の命令で仕方なく自分と共にいるのだという不安が拭えないでいた。
だが、それこそナンセンスだった。なぜなら…。
「もし、よろしいですか」
喫茶室でドースに声をかけたのは、かねてからの待ち人ではなく、清潔そうな若い給仕だった。
何の用だろう?ドースが眉を上げると、
「お連れさまから、先にお部屋に入って待っている。と言付けを言いつかって参りました」
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