性別は、異星人が勝手に付けたものだ。
ファロムは、連れて来られた宇宙船の中で、多数決によって「彼女」と決定された。だから、本当はファロムは「彼女」でもないし、「彼」でもない。それは、ソラリア人が人との直接の接触をタブーにしてきたことに由来する。
人と会う事がタブーであっても、子孫繁栄をおこなわなければ種として生き残れない。だから、彼らの文化では、夫婦と言うのは汚らわしい関係だった。やがて彼らは、生殖を自分一人だけで行えば良い。という、あまりにも単純な結論を出した。そして、科学技術によって、もっとも自然な形で自分のコピーが出来るように肉体改造をしたのだ。子供を作る事も、作らせる事も出来る体。半陰陽。だから、ファロムは「彼女」であって「彼」でもある。
しかし無性別というならば、それはこのダニールというロボットにも当てはまる。といっても、ファロムの体のように、「どちらも付いている」のではなく、パーツの入れ替えが可能な中世的性質を持っているということだが。そして現に、「彼」は、「彼女」であった事がある。
さて、ファロムの世界では、半陰陽こそが完璧な人間であり、どちらかの属性しか持たないものは出来損ないだと教育されて来た。しかし、ファロムはここに来て、その認識が一般的でない事をダニールから学んだ。しかしダニールとて、現在のボディを基準からはずせば、元来男女どちらでもないのだ。その決定権は従うべき主人、人間にある。これに、ファロムは母親を選択した。ダニールに、月までの渡航に同乗していた女性のような役割を演じて欲しかったからである。
そしてもうひとつ理由があるとすれば———。
「そういえばママの娘って、どんな子だったの?」
ダニールは、ファロムにものを食べながら喋らないように。とやんわりと注意をすると、
「ドースの事かい」
と言った。
ドース・ウィナビリは、ダニールが制作したヒューマンフォームロボットである。ダニールが惑星トランターでデマーゼルという名を使い、宰相をしていた頃、彼の手助けをする為に生み出された。
ファロムは、ドースをダニールの娘と認識している。「産む」のと、「生む」の違いをよく認識していないからだ。それというのも、ロボットとなじみが深かった為に、人間と機械に明確な線引きが出来ていないからだ。また、新しい知識として「産む」のは女だとインプットされている。これが、ファロムがダニールを母と呼ぶ理由の一因になっている。
もちろんダニールは、産んだのではない。と否定はしていたのだが、言葉は覚えたら使いたがるもので、やがてダニールも修正するのを諦めたようだった。
「彼女は、そう、いい子だったよ」
長い歴史を持つ、トランターを政治的中心とした銀河帝国は、その平和に対する高慢な安心感から徐々に衰退して行った。モラルは失われ、新しい技術開発はなされなくなった。そして中央集権が終わりを迎え、地方が己の領土を広げる為に無法時代を迎える事になる。
しかし、それをあらかじめ予想していた人間が居た。ハリ・セルダンだ。
数学者であった彼は、新しい学問である心理歴史学を完成させて、無法時代をたった一世紀で終わらせ、人類の終焉を回避する方を生み出した。そのおかげで、トランターは打ち捨てられたが、辺境の地にあったターミナスが新しい政治の中心になっているし、技術革新や各貿易もなりたっている。
一世紀前、まだ若く心理歴史学を考案していたセルダンの護衛任務をまかされたのは、他ならぬドースだった。彼女は、様々なトラブルに巻き込まれつつも、彼をひたすら守った。そしてセルダンと恋に落ち、結婚し養子を迎えて、やがてハリを守ってその生涯を終えた。
「私は宮廷から追い出されていたし、またその頃は外惑星に居たから、破壊された彼女を修理する事は出来なかった」
しかし、彼女は仕合せだったと思う。何十年と愛するものと側で暮らせたのだ。ダニールは、もし自分が選ぶ事が出来たなら、大切な人を生涯守り、その人の為に果てたいと思った。
だが、ファロムはというと、
「やっぱり人間って疫病神ね」
とそう言った。トランターには絶対行かないわよ。と、念までおされて、ダニールは苦笑した。
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