ファロムにはよく分からなかった。
そもそもなんで、ママは2万年も人間に肩入れするんだろう?
ダニールはファロムに、人間のよさをとくとくと語るが、その人生を聞いていると、どう考えても辛く苦しい事が多い。それなのにダニールが語る人生は、陰惨さを感じさせない。もしかして、ママは辛い事を辛いと感じないように設計されているんだろうか。などとファロムは考えてしまう。
そして、自分の事に対してはなにも執着しない母が、耳たぶをそっと触る時、すこし柔らかい顔になることに気がついた。そこには、ダニールの眼とまったく同じいろの小さい石が輝いていた。
***
月での一日は単調なものである。外部との交流が根絶しているため、それは仕方のない事だ。しかし、そんな穴蔵生活を、ファロムは故郷に居た時はずっとして来たのだし、なにより色々な事を覚えるのが楽しかったので、この生活に不満は無かった。
一方ダニールは、全宇宙に張り巡らされたネットワークのおかげで、こんな所に居ながらも、銀河帝国の動向を知る事が出来た。今もダニールは、ターミナス各地の銀河帝国で起こった出来事に関心を向けている。ファロムは、自室で静かにマシンを操るダニールをみて、ひとりで勉強部屋へと向かった。本当は、一緒に付いて来てもらいたかったのだが、なんだか悪いような気がした。
勉強部屋には、ダニールのバックアップデータがある。ばかでかいスーパーコンピュータと、閲覧用の機材が設置している。薄暗い部屋に入ると、自動で電気がついた。マシンは熱に弱い為、部屋には冷房がかけられている。すこし寒い。
肘掛けと背もたれの付いた大きなイスの上部に、特殊なヘルメットがアームに吊るしてある。機能面だけを重視したような、無骨なイスに少女はよじ上る。電源を付けると、マシンが低い音を立てて起動した。ぐっと、ヘルメットが、少女の頭上まで下りて来た。ファロムはそれを受け取ると、具合のいい位置に取り付けた。
ここは図書館のようなもので、サーバに検索をかけると画像と音声を使ったデータを呼び出し、閲覧することができる。メニューを開くと、ドングリ眼の金色の滑らかな長い髪をした女性のホログラムが出てきた。昨日の履歴を見ながら、今日はどこを読もうかと、ランダムにトピックスを検索する。ファロムは、歴史が好きだったので、そこを重点的に項目を呼び出させた。
文化や歴史は、科学や数学といった、単純にある事項を覚えるだけではなく、そこに生きていた人々のドラマがあっておもしろいから好きだった。
ずらずらと頭の中に流れる文字列を眺めていると違和感を感じた。何かが隠されている気がしたのだ。それこそ、感のようなものだったが、ファロムはその正体を見極めたくなった。
***
ああ、確かにそうか。
それは2万年まえの記事だ。そしてそれはダニールの記事でもあった。確かに、彼のバックアップデータならば、彼自身についても書かれていないとおかしい。だが、
「そのデータはマスターの権限により、閲覧出来ません」
ナビゲーションシステムは事務的にそう言った。シールドがかかっているのか。
「そんな事言われたって、私はママに自由にこれを見ていいって言われているのよ」
ファロムは、反論した。
「そのデータはマスターの権限により、閲覧出来ません」
「だーかーらー、そのマスターに許可貰ってんのー」
ファロムは、ぶーぶーと不満を漏らす。
義務として、この図書館にデータを入れつつも、見られたくない親の秘密とは一体なんだろう? 幸い、ダニールは他の用事にかかりつけになっている。なんだか、面白そうじゃ無いか。
少女はひと呼吸置くと、シールド解除にとりかかった。
「もう、あなどんないでね。ママ」
人の心が読めるファロムに、隠し事は通用しない。だから、ダニールは自分を育てたら死ぬつもりだということも知っていた。バージョンアップを重ねた陽電子頭脳だったが、これ以上容量を増やす事は出来ないらしい。そうは言っても、また新しい技術を開発すればいいとファロムは思っていた。だからこれは人で言う、老化と疲労ということだろうか?
2万年。どれだけ長い月日なのか。うら若い少女には、途方も付かない。
ファロムは必要以上に自分に能力がある事を隠していた。彼女が、成長を終えたとダニールに感づかれたくないからだ。そうしたら、今のこの生活も終わってしまう。
「んーセキュリティレベルの問題かなー?」
等と言いながら、ファロムは慣れた手つきでデータにちょっかいをかける。いいかげんに開けなさい。と念じると。
「パスワードを入力してください」
突然プログラムは言った。
パスワードなんてもちろん知らない。けれど、もしかしたら…ダニールがいつも、心の奥底で思い描いている言葉があった。ファロムにはよく分からない言葉だったけれど。ものは試しと、ファロムは言った。
「ふれんどいらいじゃ」
イメージプログラムが起動した。とたん立体映像が電脳空間に広がった。
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