「walk〜」のほうじゃなくてすいません。アシモフ短編。クレオン幼少期。
しかし主人公は兄。(笑)
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「君に穿つ釘」
荘厳な宮殿で、場違いに明るい少女の笑い声が響く。王立図書館から借りて来た、厚ぼったい本を小脇に抱えた少年は、開け離された木製の扉から、部屋を覗き込んだ。
「姉さん。なにをやっているんだい」
そう呼ばれて、少女は涙眼でこちらを振り向く。たおやかな金髪が、シルクのようにその肩からこぼれる。美しい装飾がなされた子供部屋で、彼女は一枚の絵のようだと少年は思った。
「ああ。ランバート。帰って来ていたのね。お帰りなさい。ねぇ、これを見て」
少女は部屋のある方向を指し示すと、堪えきれないようにくすくすと忍び笑いをもらした。ランバートは、指された方向を見る。———なんか居る。
せっかく、少女によって作られた絵画のような空間が、ただそれだけで台無しになるような、ゲテモノが居る。少年は、額に皺を作ると、
「何やってんだ。馬鹿」
と、それに話し掛けた。
「あら、酷いんじゃない?こんなに、可愛い子に向かって」
彼の姉———フレデリカはそういって、部屋の中央でぽかんとしている子供の肩に手を置いた。そう、まさにその子供が問題なのだ。
茶色がかった堅い髪には、丹念に櫛が入れられ、白いブラウスの襟には、フリルや薔薇の刺繍が入っている。薄いピンク色のドレスにはレースやスパンコールがちりばめられ、背中には大きなリボンが付いている。どこからどう見ても、可愛い女の子である。確かにそれが、女の子ならば。
しかし残念な事に、子供はこの三兄弟の末っ子であり、名前をロデリックといい、そして正真正銘の男の子であった。
ランバートは片方の眉をつり上げると容赦なく怒鳴った。
「お前は一体何者だ。言ってみろ!」
幼いロデリックは、その声の大きさに驚いたのと同時に、叱られたと思って泣きそうな顔をした。ぐずつく弟に対し、ランバートはさらにイライラを募らせる。
「この大馬鹿もの! それでも第二皇子か。ああ、そうだ…。お前はこのトランターの皇子なんだぞ。身の程を知れ!」
「そんなに、怒る事無いじゃない。ロロが可哀想よ」
たまらなく、フレデリカが中に割って入った。
姉さんはいつも弟の見方をする。自分は間違った事は言っていないのに…。ランバートは、すっかりうつむいてしまった弟を睨んだ。
「ランバートもう、いいでしょう? ロロを泣かせたら、姉さん承知しませんよ。それに、こんなのちょっとした侍女のお遊びじゃない」
フレデリカがそう言うと、ランバートは耳聡く、聞き返した。
「侍女がやったのか? 初めて聞いたぞ」
フレデリカは、ああ。そう言えば言ってなかったわね。というと、それでどうした。というような顔をした。しかし、ランバートは少し眉根を寄せて、
「誰がやったんだ?」
「アンよ」
ふん。と、言うとランバートは思考の海に沈み込んだ。
「アン…だとしたら、家柄と職場の引き抜きからして、あいつか…」
誰にともなくつぶやく兄に、ロデリックはまたいつ怒鳴られるかと、びくついた様子でそれを見ている。
しばらく、思考の糸をたぐらせていると、彼なりの結論を見出したらしい。ランバートは姉に後で取りにくるからと、重たい本を手渡す。そして弟に、醜いからとっとと着替えろと言うと、足早に部屋を後にした。
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