ふと、ファロムは自分が図書館に居る事に気がついた。データの再生が済んだのだ。堅いイスの上で、ファロムは二万年を生きた、孤独なロボットの事を思った。
大好きな人に死に別れて、それでもなお焦がれている。それを自覚しないままに。
と、涙が頬を伝った。
それと同時に、いいようのない温かいものが胸に沸き上がってくる。
ファロムは図書館の電源を落とすと、走って部屋を出た。
「ママ!」
泣きながらやって来たファロムに、ダニールはぎょっとした。この高度なロボットは、人が傷つく事に圧迫されるような痛みを感じる。
「どうしたんだい?」
彼女をなだめようと、腕を広げる。走って来た彼女は、タックルするようにダニールにすがりつく。そして逆にファロムは、ダニールを抱きしめて、
「ママ、大好きだからね」
と言って、ぼろぼろと泣き出した。そして何度も大丈夫だから。と、ファロムは言った。ダニールは、事態が飲み込めず彼女にしたいようにさせた。
***
トランターに行く。とファロムが言ったのは、その翌日の事であった。
ダニールにはその突然の心変わりが、理解出来なかったがしかし、止める理由も無かった。ファロムはにこにこと、ダニールにすりよった。腰の辺りをぎゅっと抱きしめると笑顔で、
「ねえ、ママは誰が一番好き?」
と聞いた。それを見てダニールは優しく
「ファロムだよ」
「嘘よ!」
ダニールの言葉を、ファロムはきっぱりと断言する。
「へへ…」
その無邪気な顔は、別に怒ってる訳ではない。この前からのファロムの不審な行動はなんなのであろう。突然甘え出したかと思えばこれだ。
「私にはなんでもお見通しなんだから!」
と嬉しそうに笑う彼女を見ていると、悪い気はしないのだった。
「そうだ。あのね、どうせ月を出るなら寄りたい所があるの」
とファロムは言った。
「オーロラに行きましょう。バスケットに沢山美味しいものを積んで」
長い旅の終わり。
2万年と一世紀のあとで、二人だけの花見が始まる。
おわり
2008/07/01
[1回]
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