彼が向かった先は、アンの所ではなく、個人の事務室だった。
「おお、皇子。よくこんな狭い所に、まいられました。ささ、どうぞ」
けして狭くもない部屋で、角張った顔の大臣がイスから立ち上がる。そばにあるソファを薦めた。これに「いや、いい」とランバートは言うと、子供に似つかわしくないするどい眼で大臣を見据えた。
「あれはどういうことだ?」
「はて、あれとはどういうことでございましょう?」
大臣はえらの張った顔に鷲鼻だったが、いつも笑顔を絶やさないせいで無骨なイメージはない。だが、本当の意味で破顔したことなど、一度も無いという事をランバートは知っている。
「ロデリックの事だ。下手にしらを切ろうと思うな」
「いえいえ、申し訳ありません。ますますもってわかりませんなぁ」
「アンを使って、弟に女物の服を着せただろう。父の指示ではないはずだ」
「なんとユニークな発想でしょう。さて、お考えを拝聴賜りたく存じ上げます」
立ち上がった大人と、13歳の少年では身長差が開きすぎている。しかし、ランバートは懸命に背筋を伸ばし、対峙する。
第二皇子というのは、極めてデリケートな位置だ。皇帝にはなれないが、無下にも出来ない。しかし兄が居なくなれば、次の主君に置き換わりえる。だからこそ、国の父としての王に、対比させるための女装。男性としての自己喪失。今のうちから、お前は余計なことをするな。お前には何も出来ないと言う刷り込みであり、性格成形。
「以上がお前の策略だとおもうが…」
ランバートは冷ややかに視線を投げる。大臣の眼はつぶっているのか、開けているのか分からない。そして、はなはだ恐れ入ったと言うように、
「おお、第一皇子。そのような考え、私など一小役人にはまったく思いもよりませんでした」
と、逆に皇子の賢さと成長ぶりに感動を覚えたと言わんばかりである。
流石に、認めないか。ランバートはこれ以上の会話が不毛だと感じ、
「アンをクビにするなよ」
と言い残して部屋を去った。
さて、ランバート皇子が出て行ったので大臣は、気兼ねなくどっかりとイスに体重を預けた。そんなせせこましい事はしないでも、次の王はこの俺だ。ということか。宮廷内では暗に、第一皇子派と第二皇子派が形成されつつある。この大臣は第一皇子派の筆頭であった。あわよくば取り入り、宰相に推してもらうつもりで居る。どうせ、今の王には何も出来まい。
(ふん。まだ10歳そこそこのガキが)
宮廷内では、誰に聞かれるとも限らない。大臣は心の中で悪態を付いた。いつ第二皇子派が行動を起こすとも限らない。それを抑えて皇子を守っているのは、ひとえに自分の存在だと考えているからだ。
だが大臣は、頭の良い王も長生きは出来まい。と唇の端をつり上げた。
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