『桜の季節』08年2月17日
それはもはや幾星霜の歴史の彼方。
深淵なる宇宙にプカプカと浮かぶ惑星の一つ。
時の霊廟に閉じられた世界でのある二人の会話。
ハラハラと舞い踊る淡い花弁に目を細める男性が一人。顔に細く刻まれる皺とは似つかない、不信と好奇心がないまぜになった、少年の様な表情でこれを見ている。
「これはなんていうものだい?ダニール?」
その問いに答えるように、背後から音も無く寄る痩躯の青年。
「桜という木ですよ。パートナー・イライジャ」
風がふわりと枝をなで、その度に木の下には、白い空間が産まれる。
「もともと、地球のアジアにある、日本と言う国の木です。春になると満開に咲き誇り、人々は宴会を開いたと聞きます」
ダニールと呼ばれる青年は、凛とした声で流れるように語る。
「風も野外も、“自然”なんてものは大嫌いだが、この景色は嫌いじゃない」
イライジャ・ベイリは、桜の木をうっとりとながめる。
今でも、アジアのシティに行けば、この景色が見られるのだろうか。と考えるが、完全に閉鎖されたシティの中で、花びらをまき散らされたら清掃がたまったものではないなと、すぐにこれを打ち消した。あそこには、還るべき土がない。
「人々が宴会か。皮肉だな」
人間がひしめき合う地球では、木は生かされず、ここ惑星オーロラでは集団での交友が日常化していない。地球から持ち帰った伝統など忘却の彼方と言う訳だ。
「日本文化では、桜は命のはかなさを表しているそうです」
と、ダニールが説明を続ける。
「儚いか。確かに我々地球人は寿命が短いな」
「そうです。人は移ろいがあるから、美しいのです。私の身体は鉄板で出来ていますから、美学からは外れた駄作でしょう」
ベイリの皮肉にも、まっすぐに答えるダニールにぎょっとして振り向く。その顔はやはり、感情という感情は何も映していない。
人間は美しいとダニールは言う。しかし、
「ロボットこそ儚い生き物だろう」
「また、何をおっしゃっているんですか。ロボットは生き物ではないですよ」
ダニールは即座に否定する。
桃色の花弁はまた、ちらちらと舞う。
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