「それではお元気で」
そう言った時の眼は、愛情なのか、憐憫なのか。
皇帝が、デマーゼルの感情らしい感情を見たのは、それが最初で最後だった。彼は仕事以外に他人との付き合いを持たなかった。彼の事を後から調べてみたが、記録はもちろん、家族構成、出身、人間関係も洗えなかった。
また皇居を出た後、尾行を付けさせもしたが、まかれてしまった。彼の行方はようとして知れない。
結局、自分はあの男の事を、何も知りもしなかったのだな。と、疲れたように皇帝はイスに座り直した。しかしそれでいて、もうあれ以上に心を開ける人間はいないだろう。という事も解っていた。
それから10年ばかり後、ある知らせが銀河帝国中に駆け巡った。この辺境の地、惑星アナクレオンでさえ例外ではない。
時刻は、昼を過ぎたあたり。そこそこに広い食堂だが、重労働者がとっとと昼の仕事に出かけてしまったため、人はまばらだ。そこにプレートをつつきながら、赤い巻き毛の男が「おい、知ってるか、ヒューミン」と、隣にいる男に呼びかけた。
ヒューミンと呼ばれた男は、たいして箸も進んでいなかったが、緩慢にプレートから顔を上げる。そこに、赤毛の男は、まくしたてるように喋る。
「いや、まぁ号外も出てるくらいだから知らないとは思わねえが。皇帝がさ、ほらクレオン一世だよ。亡くなったんだと。どうやら暗殺らしい。んで、宰相も辞任。今トランターはごった返して大変らしいぜー」
ヒューミンの青い瞳が、かすかに揺れる。しかし、男はそれにも気づいた風は無く、「でもまぁ、今までの皇帝と比べると、よく持ったほうじゃないのかねー」
男は、自分なりのトランターでの政治予想を展開させるが、ヒューミンのほうは男の言葉など、もはや耳に入らなかった。
ただ、小さく、震える声でつぶやいた。
「お疲れさまでした。我が主」
2008/06/02
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