『さようならは重たくて』
怒濤の一ヶ月だった。
夜の帳が下りた頃、宰相デマーゼルは自分の仕事部屋へと向かった。さらさらと揺れる木々の音と、遠くでホーホーと鳴く野鳥の声がかすかに聞こえる。湿った空気が、肌に気持ちいい。
気持ちいい。果たしてそうだろうか。実際は、そんな事を自分は感じないのだろう。
デマーゼルは、2万年の月日が経った今でも、自分の事に対して、人間と同じ感情表現を使う事を嫌った。
宰相デマーゼルはロボットである。人の心を持たないものに、国政を任せるなんてぞっとしない。反帝国組織が掲げたこの嫌疑は、結局民衆にはナンセンスとして、真摯には受け止められなかった。ロボットなどという存在を、今の銀河帝国に住むものであれば誰であっても信じないからだ。それでも、とデマーゼルは思う。やはり本当の所は、自分はロボットである。
こんな夜半に仕事部屋に向かったと言うのも、この事件がきっかけで、デマーゼルが辞任したからだ。自分は宰相として、長く務めすぎた。そのポストには、ハリ・セルダンがつく。十分信頼たる人物だし、彼の警護にはドーズ・ヴェナビリがいる。あの二人ならば、力を合わせてどんな事にでも対処出来るだろう。
カツコツと固い靴音を鳴らし、ついに静まり返ったオフィスに付く。簡素な部屋に、私物など特には置いていない。ただ、いつでも後任者のために、部屋を使えるよう整理し直そうと思っただけだ。いつでも、姿をくらませる手はずは整っている。
と、扉を開けようとして違和感を感じた。鍵が開いている。
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