それは戦時中の、さらに混迷を極めた最終局面の頃だった。持てる兵力はすべて前線へと送られ、首都に残った非戦闘員は軍本部の一部を解放した広間に集められた。戦場への支援物資の仕分けや配送、新しい武器や道具の開発などを総動員で行う為だ。
しかし、彼女の眼の見えないハンデは大きい。
そもそも普通の仕事が出来るならば、三味線を片手に全国を唄い歩く必要はないのだ。
そこで彼女は、暁の間と呼ばれる広場で、兵士へと送る祈り紙を折る仕事に配属された。呪符や医療符を折り、戦前に届ける事で物理的な必勝祈願をしようという動きだった。
さて、折れと言われた所で、そもそも折り紙などやったことのない彼女は途方に暮れてしまった。そこに、いつの間にだろうか、童が側により付いた。
軽い足音に、ハスキーな声で性別までは分らなかったが、この貧しい時期になんて明るく元気な子供なんだろうなと、彼女は少し微笑ましく思ったものだ。
広間の隅にある重たい木製の机の上には、二人分で折った色とりどりの鶴が散乱していた。彼女は、先ほど鶴の折り方を教えてもらったのだが、指を動かすパターンさえ覚えてしまえば、それは意外と難しい作業ではなかった。
「しかし、折っても折っても間に合わないな」
と、その童は言った。
「千羽折れば願いが届くのだそうだ」
と童は、慣れた手つきで鶴を折る。赤く、ぴんと形のいい鶴がまた出来上がった。
「いったいどなたに送られるのです?」
戦場に送られた父親か兄弟か…と、答えを予想するも、見事に裏切られた。
「ヤタ!」
「将軍閣下にですか!」
自分で上げた声に驚き、瞽女は慌てて口をつぐんだ。そして、本当にこっそりと、この無垢な子供に世に流れる噂を耳打ちした。
「ここだけの話しですが、将軍は皇帝を巧みに操り傀儡政治を行っているそうですよ。今回の大戦も将軍の野望だとか…」
「へえ」
「皇帝が可哀想です。聞けばまだ幼い御子だとか…」
「そうかな」
「祖国の為に闘うのが、悪い事とは言いません。しかし国の力を私物化し、民に戦って死ねというのは、おかしいと思うのです」
「ほうほう」
「軍人に憧れる気持ちは分らなくもないのですが、あの人は…その…すごく悪い人ですよ!」
「そんなことはないんじゃないかな」
童は、それまでのんびりと相づちを打っていたのを反転し、透き通る様な声で反論した。
「世の中の人間全てに愛されるのは難しいけど、世の中の人間全てに嫌われるのも難しいと思うぞ」
そして童はにっこり笑った気がした。
「わたしはヤタの事が大好きだ」
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